「PRは、“あたりまえ”をつくる営みである」──この視点を出発点に、本シリーズではPatagoniaやIKEAといった先駆的ブランドの取り組みを通じて、社会との関係性をどう設計し、語り続けるかを見てきました。
本稿では、さらに視野を広げ、世界中のブランド事例から「社会に馴染む語り」「生活者の行動様式を変える構造的アプローチ」に着目。無印良品をはじめ、カルチャーや制度に働きかける事例を紐解きながら、PRの役割を再定義していきます。
企業が「ただ伝える」のではなく、「社会と共に形づくる」時代へ。あたりまえを動かすPRとは何か──そのヒントを探っていきましょう。
第1章:Ben & Jerry’s──“アイス”で届ける企業の意思表示
社会とともに発信するブランドの姿
アメリカ発のアイスクリームブランド Ben & Jerry’s は、BLM(Black Lives Matter)運動や気候変動対策など、さまざまな社会課題に対して明確な立場を取りながら発信を続けてきた企業のひとつです。特に、2020年のジョージ・フロイド事件後に出されたステートメント「Silence Is Not an Option(沈黙は選択肢ではない)」は、多くの反響を呼びました。
“We must dismantle white supremacy. Silence is not an option.”
(私たちは白人至上主義を解体しなければならない。沈黙は選択肢ではない。)
このように、企業が政治的・社会的な問題に対して意思を明確に示す動きは、今日では一定の広がりを見せつつありますが、Ben & Jerry’s はその先駆けといえる存在です。
ブランドの語りと“社会の声”との重なり
Ben & Jerry’sの発信に特徴的なのは、「企業として社会に貢献する」ではなく、「社会の一部として語る」という姿勢です。生活者にとって、同社のステートメントは“企業”の発言であると同時に、“隣人の声”のようにも受け取られる設計になっています。
特筆すべきは、このような発信が必ずしもキャンペーンや商品と直接結びついているわけではないという点です。社会的なメッセージそのものが、Ben & Jerry’sというブランドの一部として一貫して存在しており、それが結果として信頼感や共感へとつながっています。
“共創”ではなく、“立場を明確にする”PR
Ben & Jerry’sの広報活動は、生活者とともに物語をつくる「共創型」とは異なるベクトルをとっています。むしろ、「これは私たちの立場です」と企業側の意思をはっきりと示す一方向的な語りを基本とし、その誠実さが支持を集めています。
意見が分かれる可能性のあるテーマに対してもあえて発信を行う姿勢は、ブランドとしてのリスクを伴いますが、それ以上に「信念を持って発言する企業」という評価につながりやすい側面もあります。
このようなPRのあり方は、「対話」によって共感を築くというよりも、「表明」によって社会との接点を構築するアプローチだと言えるかもしれません。
出典・参考
- Ben & Jerry’s公式サイト
https://www.benjerry.com/about-us/media-center/dismantle-white-supremacy - Fast Company, Forbes, HBR 等での事例分析記事
第2章:Dove──「見られる私」ではなく、「私が見る私」へ
“リアルビューティー”を巡る問いかけ
スキンケアブランドDoveは、2004年にスタートした“Real Beauty”キャンペーンを通じて、広告における「理想的な美」のステレオタイプに疑問を投げかけるメッセージを世界中に届けてきました。
当初は、いわゆるモデル体型ではない一般女性を広告に起用するなど、ビジュアル表現において従来の広告慣習に一石を投じるスタイルで話題を呼びましたが、その後はキャンペーンの本質が「見た目の多様性の肯定」にとどまらないものであることが明らかになっていきます。
たとえば2013年に公開された動画「Real Beauty Sketches」では、女性たちが自分の顔を言葉で説明し、他者の説明との違いを視覚化する手法を用いて、「自己評価」と「他者からの評価」のギャップに光を当てました。この動画は数週間で数千万回以上再生され、世界的な注目を集めました。
PRの中心にある“問い”の設計
Doveの施策は、単なるメッセージ発信にとどまらず、「問い」の提示を通じて生活者の内面に語りかける構造を持っています。
たとえば「あなたが思う“美しい”とは?」という素朴な問いから始まり、それが「私たちは誰の目線で自分を見ているのか?」といった、より根源的な自己認識の問いへと深まっていきます。ここに、Doveが一貫して設計してきたPRの重層性が見えてきます。
問いが生活者自身の思考を喚起し、その結果として共感や対話が生まれる──この構造は、商品訴求を超えた「社会的PR」の一形態として評価されています。
ブランドの“社会的自己認識”としてのPR
Doveの施策は、自己肯定感・多様性・ジェンダー観など、センシティブかつ構造的な社会課題にアプローチしていますが、その語り口はきわめて丁寧で、一方的に価値観を押しつけるものではありません。
むしろ「私たちも学びの途上にある」と自らの立ち位置を明確にしながら、企業として“共に考える”姿勢を示してきました。
その意味で、Doveの広報活動はBen & Jerry’sのように“企業の立場を明確に表明する”型とは異なり、「企業も生活者とともに問いを抱える存在である」という、対話的なスタンスに貫かれています。
PRを通じてブランドが社会にどう在るか──その答えのひとつが、Doveのあり方に表れています。
出典・参考資料
- Dove公式キャンペーンページ:https://www.dove.com/us/en/stories/campaigns.html
- 「Real Beauty Sketches」動画:https://www.youtube.com/watch?v=XpaOjMXyJGk
- Unilever企業CSR報告書、各種メディア分析(Adweek, Harvard Business Review等)
第3章:無印良品──“私たち”の生活に馴染むブランドの語り方
「企業からの発信」に疲れていないか?
広告やSNS、ニュースリリース──企業が自らの存在や活動を世に知らせる手段は多様化し、発信量はかつてないほど増え続けています。しかし一方で、生活者の側にある種の“情報疲れ”が広がっていることも、肌感覚として多くの方が感じているのではないでしょうか。
「これって結局、何が言いたいんだろう?」
「私の生活に関係があるのかな?」
そうしたモヤモヤが、“発信”そのものへの信頼感を静かにむしばんでいるようにも思えます。
そんななかで、無印良品の発信は、他の企業とはどこか異なるトーンを持って届いてくる──そう感じた経験はないでしょうか。
「無印らしい」では済まされない、あの特有の“余白感”や“透明感”の背景には、どのようなPR的設計思想があるのでしょうか。
商品を通じて「価値観」を語る
無印良品のコミュニケーションは、「商品そのものに語らせる」ことが基本になっています。たとえば、
- 再生紙を用いたノート
- 無漂白の綿を使ったTシャツ
- 説明過多を避けたシンプルなパッケージ
これらはすべて、企業としての思想を語るための“表現媒体”として機能しています。
企業の理念や姿勢を、長いコピーや派手なビジュアルで説明しなくても、商品やサービスのディテールに落とし込むことで、「言葉よりも先に届くPR」が成立しているのです。
加えて、近年の無印良品は社会的取り組みにも積極的です。たとえば「空き家の利活用」や「地方の商店街再生」など、地場に根ざした活動を静かに、しかし継続的に行っています。
それらの取り組みは、大々的なプロモーションよりも、地域との対話や記録を重視した形で発信されており、“社会と同じ地平に立つ”企業としての態度が滲み出ています。
“共創”ではなく、“共在”という視点
共創という言葉がビジネスの現場で盛んに使われるようになりましたが、無印良品のあり方はどちらかといえば「共に創る」よりも、「共に在る」に近いといえます。
生活のなかに、あたりまえのように在る。
声高に主張せずとも、手に取ったときにしっくりくる。
その“気づかれにくさ”こそが、むしろブランドの信頼につながっているのです。
この構えは、PRの観点から見ると極めてユニークです。従来のPRが「注目を集める」「差異を際立たせる」ことに重きを置いてきたのに対し、無印良品のPRは“日常に埋め込まれること”を良しとするのです。
このような「文脈に溶け込むPR」は、広告やプロモーションと明確に差別化されるべきブランド戦略のひとつの型と言えるでしょう。
出典・参考資料
- 良品計画 公式ブランドメッセージ:https://www.muji.com/jp/ja/store
- 「感じ良いくらし」プロジェクト・地方展開の取材記事(各地新聞、日経クロストレンド等)
- 書籍『無印良品は、仕組みが9割』(松井忠三・角川書店)
最終章:「語らないPR」が、社会との接点をつくる
“話題になること”や“数字で測れる成果”が、PR活動の成否を左右する。そんな考え方は、マーケティングの世界では今なお根強く残っています。
けれど、私たちはときに「語らないこと」が、もっとも深い接点を生むことがあると信じています。
たとえば、無印良品が長年貫いてきた、声高に語らず、ただ「在る」ことを選び続ける姿勢。そこには、「企業もまた、生活の一部であるべきだ」という信念が感じられます。
PRという言葉の語源である「Public Relations」は、“社会との関係構築”を意味します。
つまり、単に情報を届けるのではなく、社会の中でどう在るかを模索し続ける営みともいえるでしょう。
ブランドが、日常の文脈に静かに根を下ろす。
社会と呼吸を合わせながら、自分たちの立ち位置を問い続ける。
そうした在り方こそが、これからのPRにおいて求められる姿勢なのではないでしょうか。
Malenでは、「伝える」こと以上に「どう在るか」を大切にしています。
プロモーションではなく、関係の設計。
話題づくりではなく、意味づけの構築。
この連載で紹介してきたPatagonia、IKEA、そして今回の無印良品の事例は、いずれもその思想を体現する存在です。
語りすぎない勇気、伝えすぎない選択。
それが、ブランドと社会の関係を静かに、けれど確かに築いていく。
次回は、この番外編を経て、あらためて“企業の語り”が持つ社会的な意味を再考していきます。
企業が声をあげるとき、そこにどのような責任と希望が託されているのか──
「PRとは、“あたりまえ”を設計すること」をテーマに、より本質的な議論へと踏み込んでいきましょう。

