IKEAは、広告よりもずっと長く、静かに、私たちの生活の中に根を下ろしてきました。家具販売という枠を超え、暮らしそのものを編集するようなスタイル提案。それは“ライフスタイルPR”というよりも、“暮らしの文脈そのもの”にブランドを織り込む設計思想に支えられています。
Patagoniaが示した“社会への意思表示”とは異なる軸で、IKEAが実践してきたのは、社会の「あたりまえ」に寄り添い、それを日常空間で静かにアップデートしていく手法です。
本稿では、IKEAの事例をもとに、「日常の文脈に根を張るPR」について考察します。
「広告しない」PRが、なぜ伝わるのか?
IKEAの最大の特徴は、「プロダクトがメディアになる」という構造にあります。CMやバナー広告ではなく、家具という日常的な物体そのものに、ブランドの世界観と思想が組み込まれている。
たとえばカタログ。世界中で毎年2億部以上配布されてきたIKEAのカタログは、単なる商品一覧ではなく、顧客の生活スタイルに対する提案書として編集されています。これは、「商品」ではなく「生活」を売るという明確な意思の表れです。
また、IKEAは「テレビの後ろにどのくらいのスペースを空けるべきか」「玄関に最適な収納サイズは何cmか」といった、“誰も広告で聞きたがらないが、実生活で役立つ情報”を提供し続けています。ここに、PRの核心があります。
「PRは暮らしの“文脈”を編集する」——IKEAのローカル戦略
IKEAはグローバルブランドでありながら、“ローカル”の文脈を非常に重視します。
日本市場に参入した際、多くの製品のサイズや収納仕様が日本の住宅事情に合わず、初期は苦戦しました。しかし、その後のリサーチと開発により、狭い玄関や限られた収納スペースでも機能する家具を提案し、定着していきます。
ここで重要なのは、「ローカライズ」ではなく「文脈化」という視点です。単にサイズを変えるのではなく、「日本の暮らしにおける不便さや美意識に、どう価値として接続するか」を一貫して考え抜いています。
まさに、“日常の不満”を丁寧にすくい上げ、PRの種にしていく姿勢が読み取れます。
「沈黙して語る」ことの効能──ブランドの“構造”を設計する
IKEAのPRは決して饒舌ではありません。SNSでも過剰に語りすぎることはなく、むしろ顧客のリアクションを見守るような距離感を保っています。
これは、「語らずとも伝わるように構造を設計する」という設計思想の実践です。
たとえば、「#IKEAでつくる部屋」などのUGC(ユーザー生成コンテンツ)は、公式が主導しすぎず、生活者の声が勝手にブランド価値を育てていく構図を生み出しています。
ブランドの“語りすぎ”がノイズになる時代において、「沈黙もメッセージである」という立ち位置は、結果としてIKEAを“当たり前の選択肢”に近づけていきます。
現代PRの潮流──「意見を主張する」か、「暮らしに馴染ませる」か
Patagoniaが環境問題への強いメッセージを武器にする一方で、IKEAは暮らしの中にブランド思想を溶け込ませることで、“価値観を押しつけないPR”を成立させています。
どちらが正解という話ではありません。両者は、PRにおける「姿勢」の違いを体現しているのです。
- Patagonia型:社会課題への態度表明 → 「対話を求めるPR」
- IKEA型:暮らしへの価値浸透 → 「選択を支えるPR」
社会課題との接続が前提となる現代において、どちらの文脈にも対応できる“構造設計力”が、PRパートナーには求められています。
企業の“文脈”を社会につなぐ──Malenが考えるPRの本質
Malenでは、PatagoniaやIKEAのように、自社の価値を生活者の言葉と文脈で翻訳するPRを支援しています。
広告とは異なり、PRには「共感」「構造」「信頼」の設計が不可欠です。
本シリーズでは、企業が「あたりまえ」をどう社会に接続していくかを、今後もさまざまな事例とともに紐解いていきます。
次回は、「発信されるメッセージ」ではなく「発信する行為そのもの」が社会と接続しているケースとして、ブルーボトルコーヒーのPR戦略を取り上げる予定です。
引用・出典
株式会社ニトリホールディングス「住まいと家具のマーケット変化」(2022)
IKEAカタログ世界配布部数(Statista 2019)
『世界のIKEA戦略』(日経BP)

