PRは「あたりまえ」を設計する
「PRとは、“あたりまえ”をつくること」
博報堂出身の編集者・嶋浩一郎氏によるこの言葉は、MalenがPRに向き合う上での出発点のひとつでもあります。
広告が“違う”を探す仕事だとすれば、PRは“同じ”を探しにいく仕事。つまり、すでに社会のなかにある価値観や共通感覚に寄り添い、そこに企業の態度や姿勢を重ねることで、「あたりまえ」として定着させていく行為です。
だからこそ、PRには派手な話題性やセンセーショナルなコピーは必ずしも必要ありません。
むしろ、「なんとなく気になる」「自然と受け入れられる」そんな静かな浸透力こそが、企業にとって最も強固な“共感のインフラ”となっていきます。
この連載では、PatagoniaやIKEAといった世界的なブランドのPR事例を通して、
「語られる企業」と「語られない企業」の間にどんな設計上の違いがあるのかを読み解いていきます。
「どうすればニュースになれるか」ではなく、
「どうすれば“語るに値する存在”になれるのか」──
その問いに、いま改めて向き合うことが、静かで力強い広報の第一歩だと、私たちは考えています。
「正しさ」ではなく「姿勢」を伝える──Patagoniaに学ぶPRの設計
「地球を救うためにビジネスをする(We’re in business to save our home planet)」
この一文は、Patagoniaが掲げるミッションステートメントです。
もはや“キャッチコピー”とは呼べない重みを持つこの言葉に、私たちはある種の「あたりまえ」を感じてしまいます。
それは、「企業は環境や社会課題に責任ある立場を取るべきだ」という考えが、今日では社会の前提になったことを示しています。
Patagoniaは、この価値観が社会に定着するずっと前から、一貫してその態度を貫き、語り続けてきました。
PRは「物語の立て方」ではなく「姿勢の伝え方」
PatagoniaのPRが注目される理由は、彼らが何か特別な物語やセンセーショナルな発信をしているからではありません。
むしろその多くは、リサイクル素材の採用や、リペアサービスの強化、ブラックフライデーの売上全額寄付といった“あたりまえに正しい”行動の積み重ねにすぎません。
では、なぜそれが社会に広く届くのか。
理由のひとつは、「伝える順序」に設計思想があるからです。
- まず、自社の意思決定に対して、なぜそうしたのかを丁寧に説明する
- その背景にある「社会との関係性」や「自社の存在理由」まで遡って語る
- そのうえで、商品・サービスの情報を差し込む
このように、いきなり“PRらしい表現”で盛り上げようとするのではなく、企業としての姿勢が文脈として織り込まれている。
結果として、受け手は「これは正論だから」ではなく、「この企業がそう考えるのは自然だ」と納得できる構造になっているのです。
なぜPRに“順序”が必要なのか?
企業活動は、常に「伝えること」と「伝わること」の間にずれが生じます。
このずれをどう埋めるかは、単なる言葉選びの問題ではありません。
- 社内外のどこに理解の壁があるのか
- どの立場の人が、どのタイミングで情報に触れるのか
- その人が抱く前提や課題意識は何か
こうした点を踏まえて、「何から順に伝えるべきか」を逆算する思考こそがPRの設計であり、Patagoniaはまさにこの部分に圧倒的な解像度を持っています。
次章では、IKEAのPR戦略を通じて「日常の文脈に根を張るPR」について考察します。
Patagoniaが提示した“PRの姿勢”と比較しながら、ブランドが社会にどう馴染んでいくかのもう一つの型を見ていきましょう。